うち一度や二度は私の乗務日程に合わせることは簡単である。まだ東南いる。小佐野の右隣りにすわる女だがこうなると、ホノルルにいる時は、いつも小佐野と一緒、ということにもなる。彼は、食事はもちろんのこと、ゴルフでもパーティでも、かまわず私を連れて行った。たとえば役人との昼食会なんてのにも、私を出席させる。ある時、いきなりパーティに呼ばれたことがあった。彼のホテルの最上階の広聞に行ってみると、彼が前の年に手に入れた「京や」の全従業員、日そろンドを呼ぶとは、いったいどういうことなんだろうと、で尻ごみしている私に、彼は自分の右隣りにすわれと指示した。その丸テーブルには、政治家や役人がすわっているのである。いくらなんでも、と断わったおかみが、彼は強引だった。厚くお白粉を塗った「京や」の年配の女将は、隣りのテーブルにすわって||本当は、彼女がここにすわるはずだったんじゃないのかな。かすたずなんとなく嫌な予感が頭を掠め、私はそっと小佐野に尋ねた。「これは何のパーティなの?」ルフレ「『京や』いあんの連中の慰安と、めか吋小佐野の新しい妾だろうか::・。の女たちのことが頭に浮かぶようになった。銀座の有名なパうというような映画だ。ーーやはりそうか、そうじゃないかなと、あの顔ぶれを見た時思ったんだ。だとしたら、あのママはきっと不愉快な思いをしているに違いない。得体の知れぬ女が小佐野の横にいる。あればもしかしたら、これから敵になる女、と思っても不思議ではない。後になって、このパーティのことを思い出すたび、私は「女が階段を登る時』という映画の中しのぎけずせのママが互いに鏑を削って競り合つなそれからまた、クレオパトラだ楊貴妃だエパ・ベロンだと、次つぎに、権力者との緊がりによって出世していった女たちのことも思い出した。野心を抱く女は昔から、男の力を頼りに階段を登ってきている。男社会の中で女が独力で権力を握ることは不可能だ。必ず男の力が必要になってくる。そして、その時、競争者でも現われようものなら、ありとあらゆる策略を弄して蹴落としてしまう。どんな方法で他の女を陥おとしいれるのか、ただ想像するだけなら、小説の筋を考えているようで楽しい。しかし実際にやるのはものすごく疲れそうだ。権謀術数けんぽうじゆっすうが大好きな女でもないと、すぐグリズリと骨なし人間しつついお分もたちまち堕ちてしまう。残るのは、せいぜい家一軒か店ひとつ、古くは辺境の城、そして蹴落とされまいと必死でしがみついている聞にできてしまった険けわしい表情だ。

身勝手もいいところだが、どういうわけか、自分ではそれに気がついていない。みマクベスを観てみっともないと笑うが、自分がマクベスになっていることには、まるで気がつ,,和、かない。こういうのは、ひじように所有欲の強い男に多い。所有欲、独占欲が強く、疑り深くてみは嫉妬深い:::。ところが、これがエネルギーとなって別の面に働き出すと、目を瞳るような活躍ぶりを見せるのである。狙ったら逃さない、という執念になるのだ。吋たはずなか小佐野賢治の場合、所有欲に関しては桁外れである。志半ばにして倒れてしまったが、ゆくゆくは、世界中のホテルを買い占め、ホテル王になろうとしているのではないか、と思うほど、次々とホテルに手を伸ばしていた。また、閣の世界で山師・ペテン師相手に切り結んでこられたのも、その疑り深さゆえだったに違いない。こういう男はたいへん打たれ強い。叩かれても転落しても、また必ず這い上がってきてノシ上がる。叩かれた時に反動で飛び上がるパネを持っている。そのパネは、人に対する嫉妬心、成功せんぼう者への羨望が大きく作用している場合が多い。しわざもし、あれが彼のやったことなら、その嫉妬心の強さは私には想像もつかない。‘’申ついに女心だけは憧ならなかつた生涯それはともかく、ついに彼が言いだす時がきた。例によってホノルルで会った時、彼のホテルのレストランで昼食をすませた後、見せたいものがあるという言葉に誘われて、私はワイキキの通りの一軒の化粧品屋の前へ彼の車で連れて行かれたのだ。秘書はいなかった。「この店が売りに出てるんだが、経営してみる気はないかね?」色のJV』彼は、車の中から、そのこぢんまりした店を顎で示しながら言った。金から離れられない彼らしく、口説きかたもエコノミカルであった。しかし、私はハワイに住む気はない。ハワイはたしかに過ごすのにはひじように快適だが、あんなところで毎日暮らしては、私なんかボケてしまう。刺激を求める二十四歳には、とても我慢できるところではないのだ。それに、そうなると彼の妾だ。この半年後に、私は結婚のため、会社を辞めることになる。思えば小佐野賢治とのつきあいでは、いつも靴の上から足を掻かいているようなもどかしきを感じさせられていた。彼と私の聞には、ほとんど共通語がないのである。女心をくすぐるような気の利いたセリフなど言えないし、映画にも音楽にも無縁、娯楽といえばゴルフ、麻雀、酒くらいなものだった。

突然、ハーフか」わがあるのだ。と聞いできたりする。フ、ハーフ?」何を言っているのか意味が分からない。彼の物言いはストレート渇きて、時々首を傾げること「だからさ、ハーフの男とつきあってるのかつて聞いてるんだよ」ぶっきらぼうにそういう彼の言葉に、私はああ、と思った。数日前、る聞のスケジュールをすべて彼に押さえられるのはあんまりだと思い、れるようにして歩いていた私を見かけたのだろう。だが、その言い方にはあきらかに毒があった。ーーかなりうるさそうだな・・・・。・・恋人でもないのにヤキモチ焼くとは:::、と少し嫌な気になった。私は自分が嫉妬深い性質ではないので、男から嫉妬深くされると、とたんにうるさく感じる。ことに夫婦でも恋人でもない男からやられると「なんの権利があって」と、すぐ思ってしまう。これまでも、彼から「恋人はいるのか」とか「ボイフレンドは何人くらい?」などとちょこちょこ聞かれ、その時はなにげなく聞き逃していたが、よく考えてみれば、あれにもけつこう意味があったのかもしれない、と思いだした。朝七時半のモーニング・コールにしろ、毎月のフラまま銀座で飲んだのである。その仲間にたしかにハlフの兄弟がいた。おほいそかくらのらく男な彼たんはちでこにも人誘東にわ京挟2れにまるいかしイト・スケジュールを知りたがることにしろ、私を独占したい気持ちの表われではないのか。感情表現の不器用な男だったから、というより、何をどう感じているかということは一切言わない男だったから、私に対しても感想を述べたこともなかったが、その時の言葉には、かなり感情が寵っていた。嫉妬もある意味では、愛情表現だと言われている。そしてそういうのが嬉しい、という女もいる。ヤキモチを焼くのは愛している証拠、というのである。しかし私は、ヤキモチと愛とはあまり関係がない、と思うのだ。嫉妬心は、これは誰にでもあるだろう。しかし度の過ぎた嫉妬は醜いし、結局は嫌われる。彼に限らず、浮気なくせに嫉妬深い、という男がいる。自分は散々やっているくせに、女にはミうめたかめ絶対に許さない。それどころか鵜の目鷹の目で監視し、重箱の隅をつつくようにすべての行動をぬ百ぬほじくりだし、ついには身に覚えのない濡れ衣を着せて荒れたりする。本人はそれを愛情のせいにするが、では同じことをやられたらどうするかというと「あれは単なるヤキモチだ」などと言っている。自分が浮気しているんだから、相手も大目に見てやろうとは、けっしてしない。

おれは前に熱海のホテルで働いていたんだが、その時、小佐野がスチュワーデスを連れてやってきたんだよ。小佐野はそのホテルのオーナーだったから、おれたちはペコペコしていたが、腹が立ったのは、一緒にいたというスチュワーデスさ。自分までオーナー気取りで〈や偉そうにおれたちをコキ使うんだ。悔しくてね。その時おれは、よし、日航のスチュワドになって、スチュワーデスってやつを組み敷いてやれって思ったんだね。それが、おれが日航を受けた動機さ」たいへんな動機もあったものだ。人間、何がきっかけになるか分からない。ふかだゅうす”もっとも、彼が名前を出した相手は、深田祐介名づけたところの、神話の時代のスチュワデふ〈しゅうスで、とっくに辞めていたから、復讐するのはその後輩、ということになるが、彼にとっては後輩でもなんでもスチュワーデスならみな同じ、ということらしかった。連れの女をいい気にさせ、ホテル従業員の人生を変えさせるほど、威張らせるとは、よほど鄭重に扱っていた、ということである。こういう時、男たちは馴れているのか、特に表情は動かさない。おそらく、しょっちゅうあることなのだろう。面白いのは女たちの反応だった。女といっても私が紹介されたのはすべて水商売だったが、年まず年配のほうだが、これはきまってひじように複雑な顔をする。チキショ、というか、してやられた、というか、不愉快、面白くない、しかしどういう関係か掴みかねる、というような顔をして見せる。これに比べて若い女は、まず彼のことを怖がっているから、あまり近寄ってこないのだが、自分と同じくらいの年の私を見て「あんた、この男が怖くないの?」「物好きね」というような顔をする。そのうち、そうやって、彼に連れられてさまざまな男女に会っているうちに、私はだんだんウンザリしてきた。人が娼びへつらう態度というのは、けっして見て気分のいいものではない。彼の周りでそれをやらないのはたったひとり、彼の秘書くらいなものであった。この男は骨なし男たちのように彼にへつらったりしないし、頭の痛くなるようなくだらないお喋りもしない。適切、という言葉をちゃんと弁えわきまている男だった。だがそんな男がたつたひとりでは:::。嫉妬をエネルギーに変えて生きる好奇心でつきあいだしたものの、そんなわけで、私は彼に対して友情以外の感情は湧いてこなかった。おまけに、ただのガ「ボlイフレンドはハlフ、ルフレンドなのに、けつこうヤキモチを焼くのである。

そういうくだけた席で硬い話もなんだから、話題は自然、女の、それも集まっている誰かが女で失敗した、というような方向へいってしまうことがしばしばだった。その誰かに、彼が選ばれることはもちろんありえない。誰か、一番道化どうけになりやすい、軽そうな男にその役は振り当てられる。道化役は心得ていて目いっぱいおどけてみせるのだが、センスのかけらも持ちあわせていないため、ただ無駄に手振り足振りするだけになる。しかし、それでもいいらしい。とにかく彼は笑っている。彼が笑えばそれでいいのだ。ユーモアもなければインテリジェンスもエスプリも、気の利いたものは何もない宴会が、こうやって飽きることなく、彼の周りでは繰り返されているのである。私は込み上げてくるあくびを押さえるのに苦労した。立ち入ってそこまで聞くほど、彼と親密ではなかった私は、つい聞きそびれてしまったが、いつもそう思っていた。今から思うと、もっと若い娘の特権である図々しきを発揮して尋ねておけそれはともかく、外から見ればこの宴会は実に奇妙に見えただろう。キングが一人、あとはジョカ1、いやピエロばかり。そして娘、がひとり。もちろんクイーンではない。私はいったいどういう役割を演じていたのだろうか。居心地はものすごく悪かった。道化たちは私をチヤホヤはするが、それはあくまでも彼の女としてである。そこに、私でなくほかの女がすわれば同じように扱うだろう。l私はエンドヨコという名前でなくてもいいのだ。そして立場は恋人でもなく、妾でもなく、ましてや妻でもなく、ただのガルフレンドだ。しかしガルフレンドと呼ぶのはどんなものだろう、彼とは親子ほども年が違うのに。ふ〈しゅうスチュワーデスに復讐するために日航に入った男そういうわけで、小佐野と一緒の時は、いつも落ち着かない、居心地の悪い思いをしながら、あわれ私は彼の横にすわっていた。ただただ強い好奇心と、中ぐらいの好意と、ほんのちょっぴりの憐みを持ちながら、彼の横でワインを飲んでいた。では、彼はいったい、私のことをどう扱ったかというと、これはなかなかう釈やしかった。ていちょ号不器用ながら、彼なりに鄭重に扱ってくれるのである。充分に気を遣い、行く先々で「彼女、日航のスチュワーデス」と紹介する。これでは女として気分が悪いはずはない。かつて、あるスチュワ1ドがこんなことを一言っていた。「おれが日航のスチュワドになったのは、実はスチュワーデスを犯してやろうと思ったからなんだ」私は驚いて彼の顔を見た。

うっかり小佐野賢治と親しくなったりしたら、何やら男の世界の雛型ひながたのような争いに巻き込まれてしまいそうな予感がして、私はプルブルッと頭を振ったのであった。それはともかく、パーティが小佐野の力を誇示するために聞かれたのはあきらかだ。彼はそのため、輸入禁止の神戸肉を大量に持ち込み、ホテルの調理場で調理させ、盛大に振る「ハワイには、日本から肉を持ち込んじゃいかんのだがね。私はフリパスだ。見てごらん、禁止する立場の役人たちが、みんなで舌つづみを打って食べてるだろう?笑っちゃうね」たしかに役人たちは立場も忘れ、しきりに彼に愛想を振りまきながら、肉に食らいついている。銀座のステーキハウスで見る陣笠代議士とまったく同じ姿である。力を持つ者とへつらう者、という構図が、醜くも見事に繰り広げられている。そしてこの、小佐野ににじり寄ってきてへつらう男たちが、私にはみな一様に見えるのだったoこういうデしんその骨なし人聞に囲まれた彼は、巨大な熊だ。グリズリ1だ。その気になれば骨なし人間らを片手で軽くはたいて倒すことだってできる。まわどこへ行っても、彼の周りは、私と彼の秘書以外は、彼にへつらう男たちばかりだった。トは、若い女にとってあまり楽しいものではない。話題が違うことはかまわない。それが面白ければ、どんな種類の話だっていっこうに気にならない。ひねうる犯だが、捻りも潤いもないお喋りがダラダラ続くのは、疲れることこのうえなかった。不思議なのは、彼が一度も友人と呼べる男を連れていなかったことだ。つまり彼と対等関係にいる男はいなかった、ということである。したがって彼の口からは、男たちが友人と交わすような、あの親密な言葉、が流れ出たことはなく、聞かされるのはいつも、上から下への物言いばかりだった。大きい体に似合わない細く高い声と説なまりのある喋り方で、一方的に質問したり冗談を言ったり、時にはなじったりする。しかし、けっして鯖舌じようぜつではない。また話術も巧みではなく、表現はストレートだった。彼が喋っている問、骨なし人間たちは肉を切りながら、ま、彼の顔色をうかがっている。一語も聞き漏らすまいと緊張したま彼はこんなにおべんちゃらばかり聞かされて、くだらないとは思わないのだろうか:::。質問でもされれば、とにかく彼に気に入られようということばかりに腐心して、興味を持ってつ木に竹を接いだような話し方になる。